危機をきっかけに会社を変えようとした経営者は、
問題を解こうとするたびに、別の現実と向き合うことになる。
はじまりは危機感
ある日、私は古くからの知人の経営者を訪ねていた。
数年前に会った時、彼の会社は混沌としていた。事業は低調のまま高コスト体質で利益を出しづらく、業務は定型化される前に改められ、部署間の連携はおろそかだった。殺伐とした社内は、戦うべき敵ではなく、身内同士でぶつかり合っていた。当時の彼がそんな状態に参っていたことを、私は憶えている。
彼の会社に入ると、「何かがおかしい。以前と違う」と感じた。別の知人経営者から話には聞いていた。
「ずいぶん雰囲気が変わりましたね。いったい、何があったんです」
「組織がね、ずいぶん逞しくなったんですよ」開口早々、彼は自信からくる満面の笑みで言った。
知人の社長は、これまでの経緯を静かに語り始めた。
5年前に起きたマクロショックは、本業に大きく影響を出した。注文は3割減となり、影響はしばらく長引く見込みだった。未曾有の環境に、社員は我が身を案じ、社長だけが今後の自社に危機感を覚えた。既定の業務は回せる、しかし問題が起きた時に、業務を調整できない、新しい業務を作り出せない。今はまだ現行業務を回していればいいが、いずれそれで不足すれば、崩壊する。この機会に、既存の業務を見直し、新しい事業を準備し始めなくては、この先会社が存続できなくなると考えた。今までにない覚悟で経営を改革することを決めた。
「現在」の底から出土する「過去」
社長は、役員から社員まで、もっとグイグイと事業を推進してほしいと願っていたが、進捗は遅々としていた。役員が自分まで上げてくる相談事項は、本来役員自身で決められるはずのものが多かった。気になるのは、組織と業務プロセスに非効率が温存されていること、加えて、本来創造的に使えるはずのエネルギーを浪費してしまっていることだった。業務と組織を効率化できれば、事業をもっと推進できると踏んだ。対応チームを組成して大胆に方針を提示し、とにかく現場を一歩ずつ動かし始めた。
まず、間接材のコスト最適化から取り組むことにした。膨大な数の外部業者への委託をどう最適化できるか、手がかりがない。必要性の低いものは契約打ち切りにした。しばらくして、打ち切りによる不都合が出てくる。再度、契約し直そうとすると、以前より高値を提示された。以降、特命チームは硬直し、既存の委託契約を最適化することに二の足を踏むようになった。
間接材コスト最適化では、過去に事業を「効率よく回すため」に積み重ねてきた「慣習」の数々が、伏魔殿のように複雑に入れ組んでいた。委託内容を精査すると、なぜこのような発注をしているのか不思議な契約が続出した。契約見直しをしようとすると、担当部署の反応は二つに分かれた。「効果は出ないと思うが試してみてください」と言うか、猛烈な反対かだった。猛烈に反対するとき、担当役員は、今の業務が回らなくなると言った。自分たちの仕事が増えて生産性はむしろ下がる、とも言った。
そもそも、なぜそのような発注(委託)をしているかという事業上の狙いを、担当役員がうまく説明できないことがよくあった。現在の事業にとって不可欠だからでなく、過去から続けているから問題ないと暗黙に考えている節があった。
委託契約を見直すうちに、個別の契約だけではなく、もっと深いところに問題があるように感じられた。組織と業務の組み立て方そのものが、つまり、組織の中での責任範囲の決め方が、予期せぬところで「無責任」を放置することになって、ずさんな外部委託をさせているのではないかと思った。そうであれば、問題はむしろ、組織と業務の組み立て方にある。
特命チームが組織と業務の実態を調査し、部署を超えた業務の連携と目詰まりを可視化してみると、業務の引き継ぎのところで各部署が自分たちの業務に閉じこもり、会社全体のパフォーマンスの向上を追いかける者がいない「空白」がところどころに存在していた。委託契約の非合理性は、この「空白」と無
関係ではなかった。この予期せぬ問題は、調査しなければ発見しようがなかった。
社長は、見出された「空白」をどう扱うかに悩んだ。この「空白」を埋めようとすれば、明らかに、業務に想定外の弊害を生む。組織や業務を組み直すことによって、こうした「空白」を解消し切ることは困難に思えた。血の滲む労力をかける意味と効果があるかどうか、不透明だった。
組織の形に最終的な完成形は無い。横に伸ばしても、縦に伸ばしても、良い点と悪い点は必ずある。完成形を追い求めれば、間違える。究極の型を追い求める代わりに、型は現行のまま、できるだけシンプルにしたいと考えた。
地層を正す不毛
組織と業務のシンプル化に取り組むことにした。事業が拡大する間に建て増ししてきた組織と業務プロセスは、全体として整合せずに雑居していた。随所で無責任の温床となる「空白」を抹消することはできないにしても、雑然とした組織と業務を整然とすることは可能に思えた。聖域なくメスを入れることにした。
すると、非効率は減るかもしれないが良さも失われるという批判が、役員から飛び出した。一見、非効率に見えるところは、もっと非効率なことを失くす努力の末に辿り着いたものだった。社長自身、そのことをよく知っていた。15年以上前に、自分が陣頭指揮をとった業務プロセスの大規模な刷新の名残があった。当時の苦労を思い出せば、組織と業務プロセスのちゃぶ台返しが業務を混乱に陥れることは知れた。
特命担当の役員は当時の悪戦苦闘後に入社し、現行の業務プロセスに否定的で、抜本的な改革に傾いていた。しかし、改革の対象となる部署を管掌する古参の役員たちは、彼に強く反発した。古参の社員は当社の中興を支え、新参の社員はデジタル隆盛の今日に適合する流れを主導していた。古参の社員は、近年、成功体験を半ば否定され、上書きされる経験をして、辛酸を舐めていた。
それだけではない。業務プロセスの中で、誰かの仕事は誰かが受け継ぐ。前段の仕事の良いことも悪いことも後段に受け継がれるから、後段の担当者は前段の仕事に不満をおぼえ、前段の担当者は後段の仕事に不満をおぼえた。不満は、解消されずに残っていた。
次第に、他の役員も、特命役員に非協力的になり始めた。社長は、役員の間に、信頼と嫌悪が複雑に絡み合っていることを見てとった。それまで役員が自分を向いている時には気付きにくかった横の関係性の濃淡がよく見えた。各役員の肚の中に隠されていた想いが、期せずじて表に出てきたのだった。
調査して、シンプル化の案を整理する過程で見えてきたのは、実際の業務運用する中で、三遊間に落ちるボールを拾おうとして業務が肥大し、組織に厚みができ、都度外部委託されてきたということだった。
今ここで強引に組織と業務をシンプルにすれば、三遊間に落ちるボールが出てきてしまう。非効率は確かにあった、しかし、過去からの知恵もあった。これを全て捨て去ることは、混沌を生むに等しかった。社長は、これ以上効率化を進めても対立を激化させるだけで、非効率を解消することは難しくなっていくと感じた。それならいっそ、違う方向に舵を切って、新しい事業運営の流れを作っていく方が良いと思い始めた。
「未来」にかける浮き橋
社長は、会社を前進させるエネルギーを産むためには、未来志向の活動をした方が良いと思うようになっていた。限界まで現業を効率化しにいくことは要らぬ内部対立を生む上に、結局、究極的なところまで効率化は至らない。それなら、早く目先を未来に向けた方がいい。売上が3割減となった今、どうすれば事業で新しい売上を生み出せるか。本業で今までにない収益の柱を育てること、そして新しい事業を立ち上げること。
社長は、既存顧客向け商品サービスのラインナップ拡大を新商品開発室に検討させ、新規顧客の開拓をマーケティング部に検討させた。
新商品開発室は、既存客の忠誠度が高いから、ここを伸ばした方がいい、つまり商品ポートフォリオを拡大した方がいいと言った。既存商品に改良を施して、顧客との関係性を密にしにいくことを考えるべきだと主張した。他方のマーケティング部は、既存商品が持つ顧客訴求力は強いのに、いまだ十分に市場を掘り切れていないという感触を持っていた。何も新しい商品サービスの投入を考えなくても、手持ちの商品を未参入の市場に投入していくだけで十分に成果を上げられるのに、そのための企業努力を怠っていることが問題だとした。
どちらも筋は通っている、しかし、現実の認識と解釈の仕方は真逆だった。それぞれの立場に立った主張は水かけ論となり、相互の理解を促進するより、対立が不満を醸成した。
社長は、ふと我に返って考えた。「自分は、会社の戦略的方向性をきちんと提示してきただろうか」と。特命を与えたチームそれぞれからの反応は、ともにこれまでの過去の自分の経営判断への批判を含んでいた。どっちつかずでいなかったか、と。今回新たに特命プロジェクトを組み立てるに当たっても、新事業立ち上げなのか、商品ラインナップ拡充なのかを、どちらかに決め切って進めるやり方を取らなかった。可能性を広く検証した上で、確度の高い方向に絞り込んでいくという自分のこれまでの方法の型を、ここでも使っていた。そのこと自体は、間違っていないように思える。しかし、その型から動かないこと、その型以外の動きをしないことが、実は自社が「突き抜けられない原因なのではないか」という思いがして、目が醒める思いがした。自社は商品とサービスの強みに頼ってきたが、事業の骨格である戦略を見直しているかといえば、見直してはいなかった。正確にいえば、時勢に合わせて、戦略が賞味期限切れではないことを確認してはいた、しかし、どこか今ある戦略のままで大丈夫だろうと、厳しい目を向けずにいた。今必要なのは、個別策でなく、戦略見直しではないか。
「もし、自社が発展するための前進を阻んでいるのが自分だとしたら・・・」社長は、初めて恐怖を憶えた。自分は常に最前線に立って会社をリードしてきたと思っていた。会社の進む方向を見つけ出し、拡大しながら自社という船を舵取りしてきたと思っていた。しかし、他でもないその自分が、この会社が本来到達できたはずの場所へ至ることを妨げていたのだとしたら・・・。そう思うと、震える思いがした。
社長は、自社の事業の中心となる戦略を考え直そうと思い始めていた。父の代からの強みである商品サービスは市場で依然として特異な光を放っていたが、時代は変わり、社会や生活の前提も変わり、人が変わっている。前提を問い直し、人を見るなら、理詰めで絞り出した戦略でなく、会社に今いる自分たちにとって自然な戦略があるはずだと思った。どうやったらそれを出してこれるだろうか。それが問題であるように思えた。
見出された道
社長は、マーケティング部役員と新商品開発室役員の対話を聞いていて、ふと思った。どちらも既存客と新規客という別々の客層を見て、ものを言っている。どちらが言うことにも筋が通っている。結局、何を見ているかの違いでしかない。私たちはいったい、どちらを見てやっていきたいのだろうか。片方は既存客を重んじる。他方は新規客を重んじる。それだけの違いだが、社の重要な役員が衝突し、会社が方向を見出せないのはやるせない。私たちは、誰とどういう関係を築いていきたいのか。そのことを、私たちは十分に話していないように思った。
「ひょっとして、私たちは皆、それぞれがバラバラに、違う未来を見ているのではないか・・・」
社長は、目の前で繰り広げられる対立の奥に、もっと深い違いがあるのではないかと思った。足元での業務と組織の効率化も、売上向上のための商品ポートフォリオ拡充や新規客獲得も、すべてが実は「会社をどうしていきたいのか」という問題を違う角度から見ていただけなのではないかという気がした。
社長は、マーケティング部と新商品開発室に策を検討させる代わりに、近未来に向けた「自社の在り方」、「事業の狙い」、「達成したいこと」を検討させた。そして、自分自身が誰より率先して、自分なりの答えを考えた。そうしてできた社長個人の考えを土台にして、社長と役員とで繰り返し議論を重ね、役員たちの考えが共振するところを洗い出し、自社の未来についての〈信念〉を作り直していった。すると、自分たちが事業を通じて達成したいと思うことが、以前まで漠然と思っていたことと違う方向を指し示していることに気づいた。
「おれたちがやりたかったのは、これだったんだ」
社長も、役員たちも、誰もが深く納得した。
自然に前へ進む
すべての特命案件は、途中で止めずに走らせつづけた。社員同士の意見の対立は残ったが、それは同時に新しい枠組みを作り出す創造のエネルギーの充満と発散でもあった。担当者たちの顔から不満の色は消えていた。
役員は、自分の管掌を超えて、良いと思うことを口にするようになった。それまで他人ごとだった意見は、自分がその部署を回すならという自分ごとで語られるようになった。
社員からは、自分も特命チームに参加したいと名乗りあげる者が出始めた。既定の業務を運用することに飽きた者が、どうなるかわからない新しい枠組みづくりに興味を惹かれ始めた。よく知る既定の業務の良いことを残し、直すべきことを直したいと考える者が現れ始めた。
財務的な成果はまだはっきりと表れてはいないが、社員の躍動感は以前とまるで違うようになっていた。
そうした様子を見て、社長は次の挑戦を心に決めていた。
私は、知人社長の部屋を後にして、執務室の社員面々を横目に見ながら通り過ぎた。従業員の顔付きはどれも精悍で、老若男女の違いなく活発に意見しあっている。役員と思われる男と部下と思われる青年が、上からの指示でなく、対等にやり合っている様が印象的だ。どちらにも、熱意と責任感が感じられる。
私は、知人社長の会社を後にした。歩きながら、脳裏に自社の面々が思い浮かんだ。 「うちの会社でも、本来起きていいはずの自然な前進を、何かが止めているだろうか。」
〈了〉
物語を読み終えて
この物語の中の経営者は問い続けたと言えそうです。
「会社の前進を止めているものがあるとすれば、それはどこにあるのか」
その答えは、明示的には語られません。
私たちの会社の経営も、答えが明示されることは少ない。
私たちは、なぜ「前進」と感じ、なぜ「前進」を感じられないのでしょうか。
別の記事では、物語の外へ出て、この問いを考えます。

